MomoeのブログMomoe's blog

     

本物のこと


こんばんは🌙


w杯が始まって夜更かし気味です…

つい先日まではnbaのファイナルでNYが優勝するのを見届け、来月はツールが始まるのでそちらも追わなければなりません🚴‍♂️


今年は冬季五輪から始まりWBC、大相撲などとずっと何かしらのスポーツを追っています…


追っているスポーツがないと落ち着かなくなってしまいました笑


今週は明日15:00〜23:00

20日 土曜日 15:00〜24:00

21日 日曜日 13:00〜23:00

で出勤します

お時間があればぜひ^^


………………………………………………………


今回はギュスターヴ・フローベール「ボヴァリー夫人」です

1853年にフランスで出版されました

近代小説の始まりと位置付けられ、作者のフローベールは文学におけるリアリズムを確立したと評されています


こんな傑作に手を出すつもりは全然無かったのですが、暇潰しになるような長編を探していた折に粗筋を見て、簡単に読めそうだからという理由で手に取ってしまいました(・_・;


フランスの田舎に住むエマと言う女性は近隣の村で医師をしていたシャルルと出会い、結婚します

しかし、善良な夫との変わり映えしない結婚生活に絶望を覚え、やがて2人の若者と道ならぬ恋や散財に耽るようになります

歯止めの効かなくなった彼女の欲望は、人生を破滅へと導いてゆくのですが…

というあらすじだけ読むとただのメロドラマですね笑

しかも描写が多くてストーリーはなかなか進まない上に、原語でのニュアンスや文章表現の美しさを理解できない、なかなか苦しい読書体験でした🌀


この作品を読んでいて、何となく「雪国」を読んだ時の感じを思い出しました

「雪国」はフローベールのように写実的描写に徹している訳ではないし、むしろそれとは対極的な、比喩表現を多用して作家自身の主観的な感覚を重んじる「新感覚派」の作風です

しかし、「雪国」も「ボヴァリー夫人」もとても俗な素材を扱っていて、前者は上越、後者はノルマンディー地方という実在の場所が舞台です

それなのにどこか現実離れしていて、物語自体がふわっと浮かんでいるような印象を抱いたのです💭


その印象は、両者とも手法は違えど「新しい現実」を作り出したという共通点があるためだと思います

島村と駒子もエマとシャルルも、川端康成とフローベールそれぞれの文体によって創造されたひとつの現実で「本物」として生きているように思えてなりません


「ボヴァリー夫人」の文体はちょっと独特で、語り手の中に作者の影が全く見えず、読者は語り手と一体となってエマやシャルルの生きる「現実」に存在しているような気がしてきます

『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』

には主語がないですが、読者自身がまるでその主語になったような気分になる感じです…

上手く言えないので、ぜひ読んで体感してみてください

こういう圧倒的なリアリズムに浸るのも楽しみ方のひとつでしょうか(´ェ`*)

イイね!
     

想像すること



こんにちは


ゴールデンウィークも終わり、しばらくは連休のない毎日ですね

次に連休になるのは7/18土曜日〜7/20月曜日の海の日にかけての3日間だそうです🏖️

6月にも何か祝日を作れば良いのになあと思いますね🤔


本日13:00〜13:00まで出勤しています🌱

来週の出勤は19日水曜日15:00〜23:00と、23日土曜日13:00〜24:00です


お時間があればぜひ^^



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今回は金原ひとみ「YABUNONAKA」です


全14章から成る約500頁の長編です

全編にわたって地の文が無く、最初から最後まで作中に登場する誰かの「語り」によって話が展開していきます

ミステリーなんかによくある「信頼できない語り手」の手法ですね

因みに題名は芥川龍之介の王朝物「藪の中」を基にしており、芥川の「藪の中」も複数の「信頼できない語り手」の独白によって構成された物語です。

 

物語の舞台は現代日本です

ある作家志望の女性がSNSで、大手文芸社の編集長を性加害で告発するという事件が起こります

その出来事は他の作家や編集者とその家族や友人らの日常に波紋を広げ、それらの人々によって語られる言葉はジェンダーや親子関係、ハラスメント、世代間の断絶、誹謗中傷、炎上と言った現代社会の闇を浮き彫りにしてゆくのです…

 

結構な文章量ですが冗長に感じることがなくて、飽きずに読めました

すごく面白かったです


登場人物のそれぞれに共感できる部分とそうでない部分がありました

現実に自分の家族や友達に完全な悪人や善人がいないのと同じですね


この物語は至って普通の人々が描かれているのです


ここまで俯瞰的かつ多角的に世代や性別の違う人間と社会を眺められる作者に感心していたのですが、登場人物たちの思想や行いは、彼女の知識や経験に基づいているとしても、あくまでも想像に過ぎないはずです


そういう他人に対する想像力は作家だけの特殊能力ではなくて、私たちが少しでも多く身につけるべきスキルなのだろうと思いました


この本の中では誰もが被害者であり、同時に誰かにとっての加害者です

一方で現実の私たちも、性別と役割を与えられる社会の中で生きていく上でその連環から逃れることは難しい…

そして糾弾を恐れてただ無害に生きることを願えば、誰かと深い関係になることはリスクでしかないのでしょうね

他人という藪を探るよりはそうして無害を装う方が圧倒的に楽なのかもしれません

でも実はみんな、そういう時代に辟易してきた頃かなと思いますが…( ´ー`)




↑今年初の冷やし中華でした🥒

イイね!
     

雨のこと


こんにちは^^


すっかり暖かくなりましたね

日中は半袖でも平気なくらいでしょうか…

最近は雨の降る日も多いですが、今時期の雨を菜種梅雨とか春雨と呼ぶみたいです🌧️

春雨だと春雨スープに入っている方をイメージしてしまって、あまり情緒がないかもしれません…笑


今週は土曜日15:00〜24:00、日曜日13:00〜23:00で出勤します

お時間があればぜひ^^



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今回は吉行淳之介「驟雨」です


以前にも書いたかもしれませんが、戦後間も無くの文壇に登場した"第三の新人"を読むのがマイブームで、吉行淳之介もその世代の一人です💭

この「驟雨」によって芥川賞を受賞しています


主人公の山村は独身のサラリーマンとして生活を送る一方で、人を愛することの煩わしさを疎み、敢えて赤線地帯に出入りしていました

ある日彼はその街で道子という女に出会い、客として関係を重ねるうちに、道子に心から惹かれてゆきます

愛に対してニヒリズム的な考えを抱いてきた山村は、自身が道子に抱き始めた感情と葛藤することになるのですが…

以上が粗筋です


いちばん印象的だったのは、山村が道子に髪の毛を洗ってもらった後に外を眺めていたら、赤線の街を「驟雨」が襲うシーンです


髪を洗ってもらうという行為は幼児的で、母親にそうしてもらった時の甘えるような気持ちが想起されるでしょう


山村は自身を客という立場に置いて割り切っていたつもりでも、無意識のうちに道子を特別に恋い、母性を求めるようになっていた


男女が恋愛関係になり、次第に二人の仲が深まってゆけば男性が女性に母親的な愛情を求めるようになるのは自然のことですよね…



山村が道子への気持ちを自覚する瞬間と、それまで山村にとってはペンキ塗りでしかなかった街が突然の雨によって情緒を持ち始める様子とが重ね合わさって描かれていて、すごく巧いなあと思いました( ´ー`)



↑ラーメン、相変わらず食べてます🍥

イイね!
     

時のこと


こんばんは🌙


日中は陽差しが暖かくなって、春らしさが感じられますね

朝晩はやっぱり冷えますが…


桜の開花予報を見ると、東京は今週末には咲き始めるようです🌸

去年と一昨年は3/24が開花日で、今年は例年より少し早くなりそうです

早く上着なしで歩けるくらい暖かくなると良いなと思っています💭


明日15:00〜24:00、明後日13:00〜22:00で出勤します

お時間があればぜひ^^


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今回は北杜夫「楡家の人びと」です


遠藤周作に続き、「第三の新人」世代の本をもっと読みたいなと思い北杜夫を選びました


三部作の長編で、北杜夫自身の一族をモデルに、明治から昭和にかけての一家の盛衰を描いています


作者は医師の一家に生まれ、生家は青山に大きな病院を営んでいました

ちなみにですが彼の父はアララギ派の歌人であり精神科医でもあった斎藤茂吉です

作者自身も医師となって精神科医として勤めながら、作家としても盛んに執筆活動を行いました


「楡家の人びと」第一部は、青山に大病院を築き楡家の繁栄を実現させた楡基一郎を中心に、彼に振り回される家族や病院内でのドタバタ劇が描かれます

第二部で関東大震災で被災した楡家はその傷から立ち直らないうちに、一族と病院を統率していた基一郎を突然失います

時代は大正から昭和に変わり、楡家のそれぞれの人々が時代の波に呑まれてゆく様が克明に語られます

最終章では日本が太平洋戦争に突入し、次第に戦局は悪化

楡家の男子は徴兵され、残された者たちは戦禍の街で過酷な生活を強いられながら、非情な運命に傷つき翻弄されてゆきます…

 


とても長いし時々小さな事件?がある程度で特にドラマチックな展開はないけれど、非常に面白かったです


登場人物のほとんどがお金や地位に執着したり自分勝手なところが多くてちょっと辟易すらしてきますが、そういう嫌なヤツでも時々優しい面を見せることがあって、好きにもなれないけど憎みきれない…

魅力的なキャラクターで溢れていました( ˊᵕˋ )



言い表し難いけれど、人間の暮らしはこういう風に紡がれて来たのだなと思います

この本で語られる連綿たる時の流れと、それに押し流されてゆく人々のことを思うと、現在を生きる自分の人生が些末で小っぽけなことに感じられます


楡家の人びとは激動の時代をどこか能天気に生きていましたが、現在の私たちも彼らの生き方とそう変わらないのかもしれません


読み終わった時、人生とは何か、生きるとは何か、時間とは何か、そんな永遠に分かりそうもない問いがふと浮かんできて、少し寂しさを感じました…( ´ー`)

イイね!
     

手を取ること


おはようございます☀


冬のオリンピックが始まりましたね⛷️

競技を見るのも良いですが、選手の背後に聳えるアルプスの山々を眺めるのも楽しいです

いつか生で見てみたいなあと思います…


本日、13:00〜23:00で出勤します

お時間があればぜひ^^


………………………………………………………



今回は遠藤周作「死海のほとり」です


先月から遠藤周作を続けて10冊ぐらい読んでいて、特に印象に残った作品です


主人公の「私」はキリスト教徒でしたが学生の時に戦争を迎え、弾圧を受けて信仰に躓きます

戦後、クリスチャンとしての生き方に区切りをつけるためにイスラエルを訪れ、戦時下を共に過ごした旧友とイエスの足跡を辿るというストーリーです

現代の「私」がエルサレムを探訪する様子と、晩年のキリストに関わった人物たちの物語が交互に語られます


主人公と作者の人生は重なる部分があるようで、遠藤周作の自伝的な物語でもあります

自らの信仰や人生について考え、迷っていたことが想像できました

小説を書く上で人間の心の奥底を見つめざるを得ない苦しみがあったのだと思います


多くの作品を読んで見えてきたのは、作者が考えていた「愛」のことです


「愛」とは悲しんでいる人の手を取って、その苦しみを共に背負うことであると作者は考えていたのではないかと思います💭


もっと言うと、キリスト教的な信仰とは教会に通うとか祈るとかそういう形式的なことじゃなくて、愛を実践することであると


聖書にあるような奇蹟を信じて救いを待ち望むことではなく、ただ他人の手を握って一緒に悲しむことが愛に形を与え信仰を実践する方法であると考えたのではないかな…

あくまでも私の想像ではありますが


結局人間を人間たらしめるのは文明ではなく、愛でしかないのかもしれません

そんなのは綺麗事だと言われてしまうからこそ信仰は尊く、また難しいのでしょうね…

イイね!

Momoe(20)

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プロフィール

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お正月の恒例のこと


おはようございます☀


気がついたらもう一月も後半ですね

初詣に行ったり蜜柑を食べたり編み物をしたり、大したことをしていない間に年末年始は過ぎて行ってしまいました…

ぼんやりし過ぎですね(*´ー`)


本日13:00〜23:00で出勤します

お時間があればぜひ^^


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今回は井上ひさし「不忠臣蔵」です


年末からお正月にかけて読んでいました

12月は強引ですが、忠臣蔵の月です


余談ですが、小さい頃のお正月はテレビ◯京で、新春時代劇と銘打って何時間も時代劇を放送していました

大抵戦国時代や幕末の有名人が主人公でしたが、私が見ていた間でも忠臣蔵はたしか2回ぐらい扱われていたと思います💭

いつからか無くなってしまいましたね…

N◯Kの大河よりセットや衣装がちょっとチープだけど、民放の大衆的な感じが割と好きでした



「不忠臣蔵」は、吉良邸の討ち入り加わらなかった19人の赤穂浪士を描いています

仇討ちを誓う起請文に血判を捺すも後に意志を翻した者、討ち入りの現場に合わなかった者、事情があって泣く泣く義盟に加われなかった者、作戦の途中で命を落とした者…


主君の敵討ちを遂げた後に切腹となった赤穂義士の物語は、事件が起きた当時から、世代や身分を問わずに美談として持て囃されたようです

そこに加わらなかった侍たちは「卑怯者」として随分肩身の狭い思いをしたのだとか…

主君の暴挙によって御家が取り潰しになって生活がままならなくなった上に世間からの非難を浴びた浪士たちの心情を思うと、つらかったです( ;  ; )


忠臣蔵、歌舞伎や浄瑠璃や時代劇と言ったエンターテイメントの筋書きとしては分かりやすくて面白いし、実際にあった事件が元になっているからこそ現代まで人々の興味を惹き続けてきたのだと思います

でも史実を辿れば四十七士「じゃない方」だって大勢いた訳で、卑怯者と謗られたそちら側にもそれぞれの義があったのですよね


作者が「じゃない方」に光を当てたからこそ見えてくる事実があって、それを踏まえると「忠臣蔵」を美談とするのはちょっと短絡的かもしれません


物事を多面的に見るのは難しいですね😕


主君のために命を投げ出すことだけが忠義であると盲信することへの批判的な視点や、同調圧力に対する抵抗は、護憲や反戦を主張した井上ひさしらしいなと思いました…

イイね!
     

開き直ること


こんにちは☀️


2025年も残すところあと僅かですね

昨日スーパーに行ったら、棚がほとんどお正月用の食材になっていてちょっと困りました(・・;)

蒲鉾とか昆布巻きとか結構好きですけど、流石に一人で一本は消費し切れないですよね

丸齧りしてみたくはありますが…


今日15:00〜23:00、明日9:00〜15:00で出勤します

お時間があればぜひ^^


……………………………………………………


今日は川端康成「禽獣」です

10年ぶりぐらいに読んだと思います


先日ニュースで海保の巡視船の窓に小鳥が現れた様子が可愛いと取り上げられていました🐥

その小鳥が「キクイタダキ」という種類だということまで報じていて、その鳥の名前になんとなく聞き覚えがあったのです…


気になって調べると、やはり川端康成の「禽獣」に出てきていたことが分かり再読した次第です


短編小説で、作者が34歳の時の作品です

犬や小鳥に病的な愛情を向ける男の生活と、かつて彼が心を寄せた踊り子の女との再会が描かれます


私自身、犬や猫に猛烈に惹かれるところがあります

いまは街で見かける子たちを「可愛いな」と思うだけです

でもたぶん、本当に飼おうと思ったら出来なくはないのです…


それなのに実行に移せていないのは、愛玩動物という存在に薄っすら人間のエゴを感じていて、それに向き合う勇気がないからだと思います


そんな風に考えるようになったのも恐らく、昔この小説を読んでいて、下記の言葉が心のどこかに引っかかっていたせいかもしれません


『それよりも、動物の生命や生態をおもちゃにして、一つの理想の鋳型を目標と定め、人工的に、畸形的に育てている方が、悲しい純潔であり、神のような爽かさがあると思うのだ。良種へ良種へと狂奔する、動物虐待的な愛護者たちを、彼のこの天地の、また人間の悲劇的な象徴として、冷笑を浴びせながら許している。』

(「禽獣」より引用)


確かに、容姿や能力の優れた遺伝子以外を排除して都合の良い個体だけを増やしてきた人間の傲慢さにはかえって清々しささえ感じますね


ただ、ペットたちが人のエゴとか傲慢さを知覚することは無くて、彼らは生まれて老いてやがては死ぬという自然のシステムに従って生きているに過ぎないのでしょう

人が勝手に倫理とか道徳を持ち出して、動物たちの生に意味付けしては悲しんだり喜んだりしているだけなのかなとも思います


ここまで開き直れれば、私が犬か猫を飼う日も近いかもしれません(*´ー`)

イイね!
     

モノのこと


こんばんは✨


夕方に見た天気予報では、今度の土曜日深夜から日曜日にかけては雨に雪が混じるかも…

とのことでした❄️

それに明日からはだいぶ冷えるみたいですね


一方で沖縄はまだ25℃ぐらいあるとのことで驚きです!🏖️



明日15:00〜24:00、明後日13:00〜23:00で出勤します

お時間があればぜひ^^


………………………………………………………


今回は羽田圭介「滅私」です


主人公は「ミニマリスト」としての自らのライフスタイルをネットで発信し、ライター業と投資で生計を立てる冴津という男

家にあるのは必要最低限の家具や家電だけで、その他の余分なものは持たない暮らしを実践していました

そんなある日、冴津の過去を知る男が現れたことをきっかけに彼の生活は少しずつ狂い出してゆきます…


「ミニマリスト」という言葉が人口に膾炙するようになったのは凡そ2010年以降のことのようです


そうしたライフスタイルを持て囃すメディアやSNSの投稿などを目にする度に、私はなんとなく違和感を抱いてきました( ´ー`)

モノが少ないことが、そんなに素晴らしいことには思えないのです…


現代の行き過ぎた消費社会や物質主義に対するアンチテーゼとして日々の生活にミニマリズムを取り入れることは、物欲やそれに由来する欠乏感からの解放にはならない気がします

日常から社会活動を維持するのに必要なモノ以外のあらゆる所持品を切り捨てるという行為は最も簡単かつ劇的に生活を変化させるかもしれませんが、「ミニマリスト」という思想への依存や、そういうライフスタイルへの執着は新たな苦しみの始まりのように思えます


より良い人生を送るのに必要なのは、他人のミニマリスト生活を真似してモノを捨てまくるという表面的な行為ではなく、自分自身で人生の軸となる思考を探すことではないでしょうか💭

イイね!
     

大人になること


おはようございます🌱


もうすぐ12月ですね

街ではクリスマスのグッズとお正月の飾りが並んで売られたりしていて、何だか忙しない気持ちになります…

でも年末の感じは嫌いじゃないです(o´▽`o)

子供の頃、イベントが続く季節にワクワクしていたのを思い出します笑


………………………………………………………


今回は宮本輝「泥の河」です


昭和30年頃の大阪は中之島周辺が舞台

安治川の河口付近でうどん屋を営む夫婦の息子、8歳の信雄と、近くに舟で越してきて水上生活を送る喜一との交流を描いた物語です


戦後復興期を迎えた時代、大阪の片隅での2人の暮らしは都市生活とは程遠いものでした

しかし、そんな両者の間にも既に経済的な格差やそれぞれの暮らしから育まれた倫理観の相違は確かに存在し、それらは幾つかの出来事を経て浮き彫りになってゆきます


2人を隔てる安治川はまるで、日本社会に出現し始めた絶対的な格差を象徴するようでした


川の此方と彼方に住む両者はまだ幼く、当初は友達として互いの世界を往き来しますが、やがてはすれ違います…

彼岸と此岸が交わることは永遠に無いのです


生まれや育ちによって生じる格差が安易に克服可能なものとして描かれないのが良いです

残酷な現実が提示されますが、読後感が悪くないのは作者の繊細で落ち着いた筆致のお陰だと思います


信雄が経験したのは子供から大人になるためのイニシエーションだったのでしょう…

「世の中にはどうにもならないことがある」という社会の冷酷さと、それらに対する大人たちの諦念を認めることは誰もが経験しているはずで、だからこそ私たちは信雄とは生きる時代も場所も違うけれど、すんなりと物語を受容できるのかなと思いました(*´ー`)

イイね!
     

積読を解消しつつあること

ハロウィンはうさぎでした🐇



こんにちは


だいぶ間が空いてしまいましたが、気がついたらもう秋ですね🍂

ここ最近は積読していた本を読み漁ったり、映画を見たり、動物園に行ったり、編み物をしたり、さつまいもと栗をたくさん食べたりと秋を満喫していました😏


何をするにもちょうど良い、このぐらいの気候がずっと続けばなあと思います…

無理な願いですね( ;  ; )


本日24:00まで出勤しているのと、明日13:00〜23:00で出勤します

お時間があればぜひ^^


………………………………………………………


今回は開高健「輝ける闇」です


作者が新聞社の臨時記者として、南ベトナムの米軍に従軍した経験をもとに書かれた小説です

ノンフィクションのようですが、創作も織り混ざったフィクションとのことです


現地での暮らしやホーチミンの人々との交流、壮絶な従軍体験が描かれてゆくのですが、当時のベトナムという国や戦場から湧き立つ"匂い"みたいなものが感じられました

雰囲気よりももっと生々しい何かです


しかし文章は結構難解で、抽象的な表現が続いたりして部分的に読むと「⁇」となる箇所が多いのです


そういう分かりにくさは、「戦争」という現実での出来事よりも、どちらかと言えば主人公である「私」が生と死に向き合うことで起こる精神の動きにフォーカスされていることが原因かなと思います


それはノンフィクションでも良さそうなところを敢えてフィクションとしたこととも関係がありそうです…

例え自分のことであっても、形を持たない感情だとか心の動きを寸分の狂いもなく正確に文章に落とし込むことは出来ません

何らかの脚色が含まれてしまうからこそ、いっそフィクションとして限界まで自らの精神性に迫った私小説であるのでしょう

そういう文章を通して見る戦場は、写真なんかよりももっと"自分のこと"として感じられました

「私」は第三者として戦争を傍観し続ける自らのことを嘲って「視カン者」と言うのですが、この本を読むことで読者もまた視カン者になり、苦しみを覚えることを避けられませんが…


ジャーナリストでもない作者が、なぜベトナムに行き、熱帯のジャングルで戦闘に混じったのか、不可解に思います

彼を動かしたのがフロイトの言う「死への欲動」だとすれば、戦争という過ちが繰り返されるのもまた人間に宿る制御不能な欲動のせいなのでしょうか

ヒトというのは複雑で、業を背負った生き物だなあと改めて思いました( ´ー`)

イイね!

Momoe(20)

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プロフィール

6/24(水) 6/25(木) 6/26(金) 6/27(土) 6/28(日)
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